
米国司法省が、キューバ共産党指導部に対する刑事訴追の可能性を本格的に探り始めました。フロリダ州の連邦検察官が捜査作業部会を設置し、94歳のラウル・カストロ前国家評議会議長を含む幹部らの訴追に向けた証拠収集を開始しています。「処罰なき時代はついに終わる」と米国議会のキューバ系議員たちは声を上げています。

2026年3月初旬、米国司法省は、キューバ政府およびキューバ共産党の幹部たちに対する刑事訴追の可能性を探るための捜査を開始したことが複数の報道で明らかになりました。フロリダ州南部連邦地区のジェイソン・レーディング・キニョネス連邦検事は「作業部会(ワーキンググループ)」を設置し、連邦検察官、財務省、国務省、麻薬取締局(DEA)などから担当者を集め、キューバ政府関係者への刑事訴追に向けた証拠構築を進めています。ウォール・ストリート・ジャーナルの報道によれば、この捜査活動はトランプ大統領がキューバ政権の終焉を次の標的として公言するタイミングに合わせて本格化したものです。
この動きは、トランプ政権がかつてベネズエラで実施した「ベネズエラ方式」の再現を強く示唆しています。同政権は刑事訴追による法的根拠を用いて、2026年1月にニコラス・マドゥロ大統領を拘束・失脚させることに成功しました。キューバの指導層を麻薬密輸・人権侵害・テロ支援などの刑事罪で訴追できれば、国際社会への説明責任を果たしながら体制転換の引き金を引くことが可能になります。フロリダ共和党下院議員のエルビラ・サラザール氏は「ついに正義の時が来た。処罰なき時代は終わりを迎えつつある」とSNSに投稿し、歓迎の意を示しています。

ラウル・カストロ・ルス氏(94歳)は、故フィデル・カストロ前国家評議会議長の弟であり、キューバ革命の立役者の一人です 。1959年の革命後は軍事力を掌握し、長年にわたって革命軍事力の最高司令官を務めてきました。2008年に健康を害した兄フィデルの後を継ぐ形で国家評議会議長に就任し、2018年に同職をミゲル・ディアスカネル氏に引き継いだ後も、共産党第一書記として2021年まで権力の頂点に立ち続けました。
現在は表向き「引退」の身ですが、米国議会のキューバ系議員たちは「ラウルと彼の家族は今もキューバで絶大な影響力を持つ実質的な意思決定者だ」と断言しています 。特に米国の共和党議員らが強く訴追を求めているのは、1996年2月24日に発生した「ブラザーズ・トゥ・ザ・レスキュー」撃墜事件です。キューバのミグ戦闘機が国際空域でキューバ系米国人の人道支援団体の民間機を撃墜し、米国市民3名を含む4名が命を落とした事件であり、フロリダ共和党議員たちはラウルがこの命令を直接下したと主張しています。

「ブラザーズ・トゥ・ザ・レスキュー」は、フロリダ海峡をボートで命がけで渡ろうとするキューバ難民を発見・救助する人道支援組織です。1996年2月24日、同組織の民間機2機がキューバ軍のMig戦闘機に撃墜され、アルマンド・アレハンドレ・ジュニア、カルロス・コスタ、マリオ・デラペーニャ(いずれも米国市民)、パブロ・モラレスの4名が死亡しました 。撃墜は国際水域の上空で発生したものであり、国際法の明白な違反行為とみなされています。
フロリダ共和党議員たちは今年2月、トランプ大統領と司法長官パム・ボンディ氏に対して書簡を送り「われわれの情報によれば、1996年2月26日、ラウル・カストロはキューバのMig戦闘機に対して国際水域上空の民間機を撃墜するよう命令した。インターポールの『レッド手配』発行を含む全ての法的措置を取るべきだ」と強く要請しました。フロリダ州司法長官もこれを受けて、州レベルの独自捜査を開始すると発表しており 、連邦・州の両面から訴追に向けた包囲網が急速に形成されています。

トランプ大統領は3月初旬のCNNとのインタビューで「キューバも、イランと切り離した形で、もうすぐ崩壊する」と明言しました。さらにフロリダで開催されたラテンアメリカ首脳会議の席上では「キューバは終わりに近い。われわれは取り扱いを終えている」と宣言し、政権交代への強い意志を示しています。同政権は2026年1月29日、大統領令第14380号「キューバ政府による米国への脅威への対処」に署名し、キューバに石油を売却・提供する国家に対する関税発動を授権する「国家緊急事態」を正式に宣言しています。
この大統領令により、メキシコ国営企業ペメックスなど、キューバへの石油輸出を検討していた企業は米国の制裁を恐れて供給を止め、キューバへの石油輸入量は推定で日量2万7000〜3万5000バレル規模が断ち切られました。これはキューバがすでに直面していた最悪の経済危機、1959年の革命以来最大規模とされる電力停止・外貨準備の枯渇・食料・燃料不足をさらに深刻化させています。チャタムハウスの分析によると、米国による事実上の石油封鎖は「キューバ危機以来初の本格的な封鎖」であり、体制存続に対する最大級の脅威となっています。

一方でロシアは、米国のキューバ政策に対して強硬な反論を展開しています。ロシア外務省のマリア・ザハロワ報道官は「モスクワはキューバの主権を引き続き支持する。脅迫と圧力はキューバ問題には逆効果だ」と警告しました。中国も公式声明でキューバへの連帯を表明しており、米国の一方的な圧力政策に対して強い懸念を示しています。しかしロシア・中国ともにイラン戦争への対応で外交的・軍事的資源が分散しており、キューバへの実質的な支援能力には限界があるとの見方が広まっています。
トランプ大統領はこの地政学的状況を熟知した上で、「今がチャンスだ」と踏んでいるとみられます。マドゥロ政権崩壊という前例を背景に、「力による圧力が共産主義政権を崩壊させる」という信念の下、司法省を通じた法的包囲網と経済封鎖を同時に進める二正面作戦が着実に進行しています。
半世紀以上にわたり、キューバの共産党政権は弾圧・虐殺・独裁を続けながらも、国際社会で責任を問われることなく存続してきました。トランプ政権が主導する司法省の訴追検討、石油封鎖による経済的締め付け、そしてラテンアメリカ諸国への外交圧力は、その構造を根本から覆そうとする歴史的な試みです。ベネズエラでの成功体験を武器に、「ベネズエラ方式」のキューバ適用を虎視眈々と狙うトランプ政権。ラウル・カストロへの起訴状が現実となる日が来れば、それは60年以上続いたキューバ共産主義体制の終わりの始まりを告げる歴史的な瞬間となるでしょう。






